宗教の人

去年の10月頃、道路の真ん中で寝ていた酔っ払いのおっさんを助けていたら、近くを車で走っていたお兄さんが、わざわざ降りて手伝ってくれたんだ。んで、今回の話はそのお兄さんと意気投合し遊びに行く所から始まる。

一カ月ぶりにお兄さんと再開⇒これから俺の来るまでドライブに行こうぜ!(やったね!)⇒お兄さんの車に乗ると後部座席に知らないおっさんが⇒お兄さんの知り合いらしくファミレスで飯を食べることに⇒歓談からの宗教トーク想定の範囲内⇒初めは怪しかったけど、皆やってるしお金も掛からないというクリーンアピール⇒取り敢えず近くに事務所があるから来てみなよ⇒(好奇心をそそられまくりまりんぐ)⇒お兄さんの車で事務所へ⇒役所がやっている施設みたいな意外と大きな建物⇒老若男女問わず結構な人で溢れている⇒「じゃあ、事務所に入るのにこれを書かなくちゃいけないから」と紙を渡される⇒『入信表』キタコレ⇒偽名で入信⇒受付を済ませいざ中へ⇒自分と同じく連れてこられた人で溢れかえるロビー⇒入信の儀式のため別室へ⇒ごにょごにょ⇒疲れた⇒無事入信をし施設を見回る⇒意外と広いししっかりしている⇒ごにょごにょ⇒んで、お兄さんとお兄さんの友人とやらと夜のドライブ(素敵なお話付き)⇒疲れる⇒ごにょごにょ⇒帰る。

信じなければ不幸になるとか何か買わされるとかじゃなかったから、良かったよな。タダで色々頂いたし。気前が良いのは、嫌いじゃない。しかし、『前世の自分がやった事が、今にツケとなって還ってきている』という考えを聞いて、ここだけは、本当に悪いけどクソだと思った。
昔なんか知らねえよ。何がツケだよ因果だよ。俺は俺でどうにかして生きてんだよ。

信じるも信じないも個人の自由だが、考えを押し付けんなよ。でも、その考えも行為も含めて彼等の幸せなら、俺は何にも言えないよな。それにしても心に支えがある人間ってのは、強いよな。それが宗教だったり家族だったり恋人だったりするけどさ。いつ崩れるか分からないもんを支えにするのな。
その点、宗教は強度があるもんな。信じた者だけが信じた分だけ救われる。でも信じない者は、救われないなんて変じゃない?不思議不思議。まぁ、俺は、空飛ぶスパゲッティー・モンスター教徒なので、どうでも良いんだけどさ。
こういう世界もあるのなーと感心した出来事でした。